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2022.01.24

「中小企業を取り巻く情勢と経営課題」(講演要旨)

講師:慶應義塾大学 教授  植田浩史 氏

■世界経済の変化

 過去30年を振り返った時、世界のGDP(国内総生産)や成長率は、先進国と後進国で大きく差が開きました。
 1980年代にはどちらも同程度の成長率でした。それが二一世紀には後進国の発展がめざましく、90年代には世界のGDPの8割を占めていた先進国との差が縮まってきています。  

■バブル経済崩壊後の日本

 この間の日本はと言うと、80年代こそGDPは比較的高い水準でしたが、バブル経済崩壊後は先進国の中でも低い状況が現在まで続いています。世界経済のGDPシェアはピーク時に18%を占めていましたが、今ではその3分の1にまで下がり、2010年には中国に逆転されます。
 世界貿易に占める比率も低下し、日本市場の比重は下がっていきました。
 1人当たりのGDPの推移は、90年代半ばまで世界トップクラスでしたが、バブル崩壊を機に伸び悩み、アジアでもシンガポールなどに追い抜かれました。
 厚生労働白書2020によると、日本の給与は1990年前半をピークに、平均給与水準が下がり、いまだに戻っていないというデータも出ています。これは民間企業の賃上げがないことと、労働者に占める非正規雇用の比率が上昇していることの影響が考えられます。OECD(経済協力開発機構)による平均賃金比較データでも日本は下位グループに属しています。
 また、ジニ係数(社会における所得の不平等を示す指標。不平等なほど数値が大きくなる)が90年代から最近まで右肩上がりを続け、格差も大きくなっています。
 近年の注目すべきデータとして、日本のエンゲル係数(家計の消費支出に占める食費の割合)が上昇しているという報告があります。一般的に収入が増えるとこの数値は下がっていく傾向にあり、2010年代前半とコロナ禍で急激に上昇していることから、国民の生活が大きく変化していることがわかります。  

■偽りの生産性向上    

 日本の生産性向上は喫緊の問題です。この問題に対して、日本政府の成長戦略会議の議員であるデービッド・アトキンソンが唱えたのが「中小企業再編論」(中小企業の低生産性の原因はその規模にあり、規模拡大が見込めない小規模企業は退出すべきとする理論)です。
 この主張のベースは、規模別に見た労働生産性の差です。大企業は生産性を向上させている一方、中小企業は低下しています。これは企業努力の差なのかというと、そうではありません。
 労働生産性は付加価値を労働者数で割って出ます。つまり分子を大きくするか分母を小さくすることで労働生産性は上がります。大企業は一見向上しているように見えますが、労働者数削減の影響も大きい「偽りの生産性向上」です。労働生産性上昇のための中小企業再編論には無理があり、中小企業の役割を無視した暴論であると言えます。
 とはいえ大企業と中小企業で格差があるのは事実です。
 状況打開のためにも、付加価値向上のために経営者と企業の努力が不可欠なのは確かです。  

■失われた30年

 バブル経済崩壊による経済成長システムの崩壊、IT化による日本産業の優位性の喪失、国内では少子高齢化問題、世界では経済のグローバル化が進み、日本は「失われた30年」を過ごしました。そこへコロナ禍が追い打ちをかけます。
 世界の企業時価総額ランキング上位から日本企業の名は消えました。1989年には15社ありましたが、2018年には1社も残っていません。2018年に上位に名を連ねたのは情報プラットフォーム企業など世界の大きな変化に対応した企業が多く、日本企業が変化の波に乗れなかったことが見て取れます。  

■どうなる2022年

 ここまでは現在に至るまでの日本経済の変化を見てきました。そのうえで、2022年は、コロナ禍はどうなるのでしょうか。
 このままコロナが収まれば、外食・観光などのコロナ禍で押さえられていた需要が一気に回復する、ペントアップ需要が期待されます。
 しかし世の中が完全にコロナ前に戻るかというと、そうとは限らないと私は思います。一見すると戻っていたとしても、実は変化が起こっており、それを見極めることが求められます。
 実際、飲食店は復活しつつありますが、大勢での会食は控えられています。新婚の6割が結婚式をしなかったというデータもあります。身近なところだと、同友会行事でもリモート会議が選択肢として増えました。これはコロナが落ち着いても変わることは無いでしょう。
 また、ペントアップ需要も今後感染拡大が押さえられるかどうかにかかっています。危機対応政策から平時政策への転換。今後の金融支援など、日本の底力が試されています。  

■生まれる新たな問題

 コロナで止まっていたものが動き出したことによって、半導体不足や原油・木材・食料等の国際価格の上昇などの問題が生じています。
 OECDのGDP予測では、日本の回復は先進国全体でも遅くなるとされています。事実今夏もGDPは低調でした。この背景にも日本の30年間の衰退が影響しています。  

■中小企業の存在意義と可能性

 これからの日本に必要なのは、グローバル化・デジタル化が進む世界に負けない競争力です。それらの変化に対応した中小企業の存在です。地域で経済を回す主体者としての中小企業が増えていくことが必要になってきます。
 中小企業の存在意義は、
①地域に根差して経済を回すこと、
②経営者としての自覚と責任を持った中小企業家がいること、
③地域経済やネットワークを創造する役目、
④地域の雇用を支えること、
⑤産業構造の変化を支える担い手であることがあります。
 そんな中小企業の可能性を生かすも殺すも中小企業経営の人間性、社会性、科学性にかかっています。  

■地域に根差す中小企業

 頑張っている中小企業の事例が二社あります。
・後藤海産
 宮城県南三陸町でカキの養殖を生業とする後藤海産は、持続可能な漁業、安定的な漁業経営をめざしています。非効率的な養殖施設の在り方を改善し、計算できるカキ養殖経営に転換することで経費や労働時間を削減し、若者が参入しやすい環境を作りました。
 数字に基づいた科学性をもった経営により、未来の見える水産業へ転換しました。また、労働時間削減によりできた時間を使い、カキ養殖だけでなく、カキを使ったワイナリーを開くなど地域企業同士の連携も生まれています。
・三惠メリヤス㈱
 大阪市に本社を置く三惠メリヤス㈱はメイドインジャパンにこだわるメリヤス丸編み生地を使用した衣類製造業。  縮小する産業分野での生き残りを賭けて自社の存在意義を見直し、九〇年代後半に取引先企業の倒産による資金繰りの悪化と金融危機を経験し、商いの構造改革や利益重視の財務体質、なりゆき経営から指針に基づく経営へと転換しました。
 大阪同友会のビジョンにもある「自立的で質の高い企業づくり」をめざすことで、コロナ禍においても利益を出しています。
 2社の事例で見てきたように、地域に根差し、人間性、社会性、科学性を兼ね備えることでSDGs時代の先進性ある企業になるのです。