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2022.12.21

第5分科会 中小企業を取り巻く情勢と経営課題 ~中小企業の視点から世界情勢を見る~

講師:立教大学経済学部 准教授 飯島 寛之 氏

 「先が見通せない」。今、経営者の皆さんがもっとも頭を悩ませていることではないでしょうか。
 長引く景気低迷で、持続的成長を信じられなくなっていたことは、設備投資や資金借入の動向をみれば明らかでです。そのうえで、「先が見通せない」との思いがさらに強くなっているのであるとすれば、供給の制約やロシア・ウクライナ問題など、近年の世界情勢の変化が「これまでの当たり前であった事態が当たり前でなくなりつつある」ことを浮き彫りにしてきたからかも知れません。  
 目の前の難局をどうやってしのぐかは重要な問題ですが、いずれ落ち着きます。しかし、それは決して前の状況に戻ることを意味するわけではありませんので、短期的な課題解決に取り組みつつも、その底流でどんな地殻変動が起こっているのかに耳をすまし、自社のあるべき姿と結び付けていかなければなりません。
 グローバル化の拡大を前提としてきた世界経済と日本経済はどのような変化を始めているのでしょうか。変化の大きな潮流をとらえつつ、中小企業の経営課題を考えていきたいと思います。

Ⅰ.4つの不確実性(短期的な視点)

 IMF(国際通貨基金)は、世界経済は成長率が下がっていくとの見方を今春に示しました。グローバリゼーション下で、世界経済は1980年代以降は年平均3.5%、2000年代に入ると平均3.8%の安定した成長を続けてきましたが、当分は3%を切るとみています。しかも、つい先日、来年の成長予測がさらに引き下げられるとの報道もなされました。
 将来への不安はこうした予測の下方修正にもあらわれているわけですが、短期的な視点からみると、そこには4つの要因があるように思います。  

(1) 供給制約

 グローバル経済はこれまで、「効率的な生産」、「機動的な物流」、「人の円滑な移動」などを前提に拡大してきました。最も安いところで原材料を調達、最も安い労働力を使って生産し、最も安い運賃で世界に運ぶというモデルです。コロナ禍によって、サプライチェーンは寸断、生産活動がストップ。都市封鎖や営業自粛によってサービス機能も停止しました。また、コンテナがない、運転手がいない、などから物流の運賃は高騰、船や飛行機の運航も遅延し、今日なお生産に大きな影響を与えています。

(2) ロシア・ウクライナ情勢

 政治的な関係を別にすれば、ロシア・ウクライナ共に天然資源、穀物の主要な輸出国ですが、これらの生産、輸出が難しいという状況になっていますので、需給のバランスが崩れて価格が高騰しています。特に欧州は、石油やガスのロシアへの依存度が高く、いまでも問題が生じていますが、蓄えた在庫がなくなる来年にはさらに価格が上がるのではないかとみられています。これに排出ガス規制など地球環境の問題も加わり、ロシア発のエネルギー問題は長期化していくのではないかと思われます。  

(3) 主要国の金融引き締め

 価格上昇、つまりインフレを抑えるため、日本を除く主要先進国が金融を引き締めたことで、景気後退への懸念も高まっています。特にアメリカでは、ウクライナ情勢に伴ってエネルギーや食糧価格が高騰、自動車部品や半導体などの供給網混乱と一体となって物価上昇を加速させていますが、ここに労働力不足からくる賃金高騰が加わることで物価上昇が深刻化しています。IMFの見通しでは来年は落ち着くとみられていたアメリカのインフレ率は一転、2~3%高くなるとの修正がなされています。
 アメリカの政策金利は急ピッチで上昇していますが、こうした環境下において金融政策で出来ることには限界があります。また、物価が賃金上昇率を上回る中、旺盛な個人消費が続くかどうかはわかりません。消費にマイナスの影響を与える金利水準が続くと、あっと言う間に崖に突き落とされる状況になる恐れもあります。アメリカ発の金融引き締めが世界経済を悪化させるリスクは相当高まっています。

(4) 新興国経済の悪化

 10年超の世界的な金融緩和の中で、新興国の債務は猛烈な勢いで増加してきました。今回のアメリカの金利引き上げによるドル高で、ドル建て債務を抱える新興国の債務危機の再来が懸念されています。
 ただ、仮に中南米やトルコがデフォルトした場合でも、日本の金融機関が被る影響は限定的です。日本の金融機関の貸出が大きいアジアは、デフォルトに陥る危機は小さいものと思われます。ですから、総じていえばこの懸念が日本に与える直接の影響は限定されたものであると思いますが、歴史を見ると、ドル高が急伸した時には世界経済に何らのショックが起きてきましたので、楽観はできません。

 以上、4つの要因を見てきましたが、短期的にはコスト高を反転させるような材料はありません。最新の中同協の景況調査(DOR)では、1~2割程度の価格転嫁が出来ているとの調査結果がでています。しかし、価格上昇が続き、追加的な値上げ要請が続けば価格転嫁はますます難しくなっていきます。短期的には、この価格転嫁を行えるような環境をいかにしてつくるかが最重要課題といえるでしょう。  

Ⅱ.長期的な構造変化:分断とスローダウンの世界経済

(1) グローバル化の逆流、スローダウンする世界

 1990年代以降加速してきたグローバリゼーション。世界貿易は、国際的な生産分業の展開を反映して中間財(原材料や部品)にけん引されて拡大してきましたし、そのスピードを上回って、国際的な資本取引も急増してきました。
 中小企業のグローバル化も進んでいます。売上に占める輸出の割合はじわっと増え、直接輸出企業の割合も二割強を占めるようになりました。海外に子会社を持つ企業も一割を超えています。
 しかし、この10年余り、グローバル化は鈍化しています。その典型は「スロートレード」と呼ばれるように、世界貿易の伸びがGDP成長率を下回るようになっていることです。その一因は、中間財貿易拡大の一服にあるとされていますが、私たちはその背景にあるとされる事態をきちんと理解しておく必要があるかと思います。
 一つは、米中貿易問題です。トランプ政権が誕生して以来、米中貿易摩擦は激化し、それがグローバリゼーションの拡大にブレーキをかけていると評されています。ただ、政府間の対立と異なり、貿易数量から企業間のやりとりを見ると世界経済を再編させるような大きな動きはみられません。ハイテク分野を中心に覇権をめぐる対立から、将来的に世界がアメリカを中心とするグループと、中国を中心とするグループにブロック化していく可能性はあります。ただ、摩擦が激化してきたこの十年でも米中にデカップリング(切り離し)はおこっていませんし、ましてや悪化寸前という状況でもありません。全体として統合化へ向かうのではないかと思います。
 二つめは、ロシアを巡る問題です。「ロシアは悪」というのが西欧の主張ですが、それは決して多数派ではありません。世界の人口構成比からみれば、西欧でもなく、中ロでもない中立の割合が高いのです。それらの国々の振る舞いが中長期的に世界経済をみる上で、大きなカギを握っているように思います。と同時に、これまで「安い労働力を使って大量生産した製品を安い運賃で運ぶ」モデルで成長してきた世界経済は限界に直面し、その作り変えが急ピッチで進むなか、その姿は「ロシアなき世界」であり、「コスト・効率重視から維持可能性を重視した姿」が前提になるでしょう。成長・貿易がスローダウンする中で、安さを追求した時代がひとまず終わりを迎えているように思います。
 最後は、中国の「一帯一路」政策です。この政策の本質は、国内の過剰な生産物を一帯一路の国々へ売る、あるいは過剰なお金を貸し付けるということ、すなわち過剰な生産物と金の吐き出し口という点にありました。ところが、20年に中国は国内の新産業への積極的な投資を主体とした「国内大循環」政策を打ち出しました。これは積極的な海外資本輸出を成長のエンジンとする路線からのトーンダウンです。生産年齢人口の減少と貯蓄率の低下により、余剰資金を海外に向ける余裕がなくなってきていることも背景にあります。中国は「外へ」から「内へ」の政策に転換しているのです。
 また、一帯一路諸国に対する融資についても、焦げ付きが増えているとの報道がなされており、中国の国有銀行は資金の提供者から資金の回収者へと転じている可能性も指摘されています。この点からも拡大路線からの転換がみてとれます。

(2) 共通価値の重要性

 世界経済の大きな変化をみてきましたが、変わらないものは何か、むしろ加速しているものは何かと言えば、グリーン(気候変動、環境、循環経済)や社会的価値(人権、労働、平等、健康等)といった共通価値を重視する動きです。特に欧米で強まっています。
 このような共通価値を実現するための取り組みは、大企業や中小企業など企業規模を問わず、業種を問わず求められていますので、その対応に四苦八苦するというよりも、これらを付加価値創出のための新たな手段にしていかなければなりません。日本の政策の柱の一つにもなっており、積極的に補助金を活用するという視点も大事です。高いコストにならざるを得ないし、取引条件や競争条件を悪化させることになるかも知れませんが、社会的な動きは止まらないことに留意しましょう。

(3) 変わる日本の「当たり前」

 長らく貿易黒字が続いてきた日本ですが、11年の東日本大震災以降、必ずしも貿易黒字が当たり前ではなくなっています。日本は「円安こそ正義」とばかりに金融緩和政策をとり、13年以降円安が進みましたが輸出はほとんど増えませんでした。なぜ、かつてのような効果が発揮されてないのか。それは、設備投資の手控えや海外移転などで国内製造業の生産能力は縮小が続いており、海外に進出した日系企業でも部品等の調達先は、現地の企業か現地に進出した日系企業からの調達を増やしているからです。その結果、円安による輸出数量の大幅増加で国内生産を活発にさせるのではないかという期待は、残念ながら実現しません。猛烈な円安局面にある今日のような状況にあっても、増えるのは大企業の収益だけということになって、その恩恵は国内に広まっていません。
 他方、企業の海外の投資とか生産活動による所得の還流は円買い要因になるとの見方もありますが、実際には企業は現地で稼いだお金の多くを現地で再投資しており、円買い要因にはなっていません。つまり、日本経済の成熟化で所得収支黒字が増えているとはいっても、それが円高要因にはならず、為替相場の底流には貿易赤字に規定された円安圧力がかかり続けるという認識の転換を行う必要があります。
 外国人からみて日本の財・サービスの物価が相対的に低下し、「日本は安い国」になっています。では、生産コストや人件費が安くなった日本へ大企業が国内回帰をするかと言えば限定的です。成長率が1%前後程度しか見込めない日本に投資するより、より大きなマーケットが見込める海外に投資したほうが良いからです。
 マクロ的には円が強くなることが必要です。変動相場なので円高に振れる場面もあるかもしれません。しかし、底流として「安い円」、「安い日本」が中長期的に続かざるを得ないと思います。それを前提にした企業経営・ビジネスモデルを考えておくべきでしょう。  

Ⅲ.グローバル経済と成熟した日本経済における中小企業

以上を踏まえながら、日本経済はどのように変わる必要があるのか、中小企業としての課題は何かについて考えてみたいと思います。

(1) 成熟した日本のマーケットと長期停滞

 日本経済の長期停滞の原因は、規制緩和の遅れによる生産性の低い産業や企業の温存、法人税負担や人件費の高さなどではなく、日本をリードする中心産業の国内市場が成熟化しているからです。つまり、平均的な家計に必要な製品がすでに行き渡っていることを我々は認めなければなりません。言い換えると、市場の右上がりの量的拡大が難しいというなかで、中小企業は社会に求められる商品・サービスを提供していかなければなりません。
 一方で、グローバル企業は海外にマーケットを求め、海外生産の拡大によって蓄積を行い、海外での増収増益を追求していくでしょう。大企業は世界展開の基本戦略の中で国内生産や中小企業を位置づけていきますが、稼ぐのは大企業だからということで大企業を向いた政策が行われてしまえば、国民経済の発展と国民生活の安定が阻害されかねません。地域に根付く中小企業が声を上げ、試行錯誤しなければならない社会的意味はこの点にもあります。
 では、どうやって量的な限界を乗り越えるかというと、三つしかありません。一つは社会的に必要とされるニーズや商品を創造していくこと。二つめは新しい技術の導入とその普及することで新たなマーケットを獲得していくことです。三つめは新しい市場をみつけ、作っていくほかありません。

(2) グローバル経済の潮流と中小企業の課題

 最後に、グローバル経済の潮流が変化する中で、中小企業が取り組んでいく必要のある課題について、これまでの話を踏まえて考えてみたいと思います。
 世界経済は、グローバル化の推進によって得られた緩やかな成長と低物価環境が併存した「大いなる安定」の時代から、低成長とインフレが長期的・持続的に進む時代に足を踏み入れています。コスト高を受け入れざるを得ませんので、いかに価格を上げていくのか、いかに付加価値をつけていくのかが大切で、今までのような値下げ競争だけではジリ貧になるだけです。サプライチェーンをつくっていく場合もコスト高を吸収してはき出すことができ、危機の時には切り替えていけるような多様性がある柔軟なサプライチェーンの構築が必要になると思います。
 低コスト、大量生産の時代が終わろうとしている今、何がやってくるかというと、インターネットの活用も含め、ニッチな市場の重要性の高まりではないかと思います。ニッチな市場は高コストで付加価値が高く、何より大企業が入ってこられません。
 人の交流が生み出す付加価値は非常に重要な意味を持っています。今日のように対面とオンラインを使ったハイブリット会合もそうですが、この2~3年でIT技術を使った交流のあり方が変化しています。どうやって取り込んでいくのかを考えなければなりません。
 また最初のころにお話ししたように、社会の共通価値が拡大しておりその流れは強くなっています。どこから始めるかですが、無理なくついでにできる活動から始めてはどうでしょうか。必要なのは、地域社会とつながり、顧客や地域と共に共生していくことです。すでに行っている企業はその質を上げていくのです。
 経験的に言えば、業績を伸ばし続けている企業は、自分を変える力が優れています。プロダクト(製造)のイノベーションか、プロセス(工程)なのか、デザインか、あるいは組織のイノベーションか様々ですが、できる企業は自らのコア(核心)が何かを理解できている企業です。本業に関わること、コアに関わることは何かを考え、優先順位をつけながら、外に向かってアピールしていくことが必要だと思います。
 もう円高水準は戻ってこないと想定し、海外に「安さ」を武器に復活の道を探ることも選択の一つです。ただし、安売りをしてはいけません。大企業の国内回帰は限定的であり、グローバル戦略の中で国内生産や中小企業を位置付けるだけですので、期待してはいけないと思います。そうだとすれば、持続可能で空洞化しにくい経済社会を支える経済基盤を維持するために、食・農・医療・防災・文化・教育など、地域固有の資源や生活文化を活かした産業と市場の再構築をしていく必要がありますし、それが担えるのは地域で生きる中小企業だと思います。

Ⅳ.終わりに

 「長期的なことを考える前に、短期的課題への対処が誤っていれば意味がない」という意見もあるでしょう。しかし、グローバルに、あるいは一国単位で事業活動を行おうとすれば、最終的に経済の基礎的な経済条件と潮流に抗うことは難しいでしょう。11~12年から、やや長めにみても08~09年を境に世界経済は転換を始めています。その潮流を理解し、自社の中長期計画の策定に生かす必要があります。
 地域への貢献を経営理念に掲げる企業は、何をなすべきかが明確になっています。自社のどこがグローバル経済にかかわり、どのようなリスクをはらんでいるのか、その代替策は何かなど、それらを考慮した上で、「今の在り方」や「事業計画」について、考える機会にしていただければと思います。

(文責 国広)