経営フォーラム2021 記念講演 [変化を味方に!! 中小企業の底ヂカラ ~次なる進化をとげる㈱吉村の七転八倒物語~」
報告者 ㈱吉村 代表取締役 橋本久美子 氏
■社長は明日のメシ担当
㈱吉村は昭和7年創業、今年で89年になります。私は3代目、2人姉妹の長女で、婿養子を取れと育てられてきましたが、結婚し橋本になりました。吉村の姓は妹が継ぎ、妹の夫(義弟)が副社長を務めています。お茶の袋を作っている会社で、本社は東京品川、工場はお茶の一大産地静岡の焼津市にあり、営業所は京都、福岡、鹿児島、仙台の茶処に設けています。
コロナ前の売上は51億円、コロナ後は48億円まで下がりましたが、経常利益で1億円を取り戻しました。
祖父の時代は「紙茶袋」を当時沢山あったお茶屋さんに売る家内工業でした。父の時代は長期保存が可能な化成品の袋へ進出、専門メーカー転身しました。大投資でした。オイルショックで借金の取り立てにも合いましたが、それを乗り切ると高度成長の波に乗り、最高53億を売るメーカーに成長しました。
ワンマンなカリスマ経営者の父から、久美子お前が社長。明日のメシ担当、鉄也(義弟)は今日のメシ担当。今日の仕事のことばかり考えてやってきたが、これからは明日の仕事を考えることが必要だ。久美子はそれをやれと社長交代を言われました。結果、父の給料を半分ずつにし、2人で代表権を持って頑張ることになりました。
私はデジタル印刷により、多品種少量に対応した袋づくりに会社を進化させました。しかし、当時は、ペットボトルのお茶に押され、売上は六年連続の減収、そんな逆風の中での社長の交代でした。
■オレンジのワークショップ
当時、女性社員は結婚では退職しないが、出産で退職する会社でした。なんとかしたいと思い、品川区のワークライフバランスのセミナーに参加したところ、無料でコンサルタントを派遣して頂けることになりました。従業員満足度調査(ES調査)を行った結果、古参の男性社員だけではなく、若い女性社員からも厳しい意見があり、結果、大炎上という状況でした。
同友会に入会したのは丁度その頃でした。私のような不幸な経営者は他にはいないと落ち込んでいたのですが、経営報告の中でもっとすごい話をたくさんされるのを聞いて、勇気をもらいました。同友会に参加するにあたり、1例会1アクションを自分の中で決め、必ず一つ行動を変えることを自らに課しました。
ES炎上の解決のきっかけは同友会の例会、「オレンジのワークショップ」でした。ひとつのオレンジをウィンウィンになるように、二人でどう分けるのかを討論、縦に切るとか横に切るとか、私はジュースにして等分に分けると考えていました。しかし、討論発表では、オレンジの種を植え、オレンジをたくさん収穫して山分けをする、ケーキをいくつか作って売りオレンジをたくさんにして分けるという話がありました。私は目の前のひとつのオレンジをどう分けるか、としか考えていませんでした。
これはES炎上と重なりました。現状の中で社員と取った取られたとやりあっているのです。私は取り合いではなく、オレンジをいっぱい増やして山分けするワクワクすることをやりたいのです。
全社でオレンジのワークショップをやりました。あまり期待していなかった社員が種を植えたり、ケーキを焼いたり、プリンをつくったりと発表するのです。これが契機になりました。
私が給与や賞与、ワークライフバランスの仕組みを作ったらみんな評論家になって文句を言いました。それなら自分たちでつくってみればと、問いかけると、給与に5人、ワークライフバランス(後に名称をオレンジプロジェクト)に、4人の社員が手を上げてくれました。そして社員発で、MO制度やつわり休暇が生まれました。社員発の制度だとみんなが動きました。
■東日本大震災後の危機
デジタル印刷機の導入に手応えを感じ、工場を新設し、さらにデジタル機を導入する十八億円の投資を行った矢先、東日本大震災が起き、静岡茶からセシウムが検出されました。売上は激減、投資のために借入、新工場の工事は進み、返済も始まります。しかし、売上は立ちません。
当時、同友会で学び、財務も社員に公開していました。厳しい状況を受け、管理職や役員の報酬を下げ、社長・副社長も半分にする、社員の給与は変えないけど賞与の原資は2割減し、「社員の力を活かしたい」と思いました。工場の社員も深夜勤務は当面なくなると言えば、わかってくれると思っていました。しかし、現場の社員からは大変厳しく罵倒されました。
私自身は18億円の個人保証もしており、眠れない日が続いていました。社員の前では、明るく振る舞っていましたが、何にも伝わっていませんでした。ショックでした。現場の社員からあれこれ問われても、私が言えたのは「すいませんでした」の一言でした。
これを機に自分がぶれていることに向き合い、逃げ回っていた経営指針セミナーに参加することを決意しました。
■理念で自走する社員たち
東京同友会の経営指針セミナーは、半年がかりで、サポーターの方から質問攻めにされながら、経営理念や経営方針をまとめました。
お茶を始め農産物は希少価値があるほど小ロットです。生産者の想いが伝えられるようなパッケージをつくれば、その人たちの未来も変えることができるとの想いを固めて「想いを包み、未来を創造するパートナーを目指します」という経営理念にまとめました。
同友会が大切にしている社会性・科学性・人間性で、経営方針をまとめました。社会性は吉村があってよかったと言ってもらえる社会的意義、科学性は儲けの源泉、人間性とは挑戦して成長し喜びを分かち合うこと、どうすればうまくいくのかという未来志向で新しい市場・価値をつくっていくことを働きがいにしていきたいとまとめました。
理念で一体になれる会社づくりのために、まず、雇用の基本は正社員です。次に収益の均等還元、つまり経常利益の25%は、決算賞与として社長から新入社員まで均等に支払います。経常利益を大きくするために、ひとりひとりが考えて行動することができます。
それまでの社員は、決められた目標を何も考えず黙々とやりますが、それ以上のことは何も考えていません。しかし、収益の均等還元となると、自分たちで、入りを増やすか出を減らすか、現場で様々な改善、工夫が行われるのです。
そのために必要なのが「徹底した情報公開」です。様々なことを決めるのも、決定のプロセスを公開、共有することで、自分たちが決めたことと受け止めています。理念の元、自分の頭で考え行動できる社風づくりに取り組んできました。
■コロナの中で大切にしたこと
新型コロナウイルスの発生を受け、2020年4月7日、「トップダウン」で本社全員在宅勤務を決めました。「やばい」と思いました。案の定、これ以降、いつ再開するのか、これはどうしたらいいのか等と指示を聞いてくる組織になりました。自走する組織があっという間に逆走を始めました。
そこで私は「ニーズと解決策をわける」と宣言しました。ニーズはこうしたいという思いです。解決策は対策です。「在宅勤務をしよう」というのは解決策です。私のニーズは「命を守ること(感染しない)」「経済をとめないこと(倒産しない)」の2つ。「在宅勤務」が正解とは限らない、それぞれがニーズと理念を照らし合わせ判断し行動してほしいと伝えました。
「できる」「できない」ではなく、「やりたいか」「やりたくないか」で判断することをコロナの中で大事にしてきました。その結果、社員は主体的にオンラインを活用し、社内会議はもとより、お客様の商談やセミナー、会社見学まで新しい動きをつくりました。
■自分たちが決めたビジョン
2027年には事業承継の優遇税制が終わるタイミングで事業継承を予定しています。次のビジョンは2030年でしたが、社員から会社を譲る2027年じゃないか、そのビジョンを引退する社長がつくるのはおかしいという意見も出され、公募制にすることになりました。
会社全体ではなく、それぞれの部署、立場でのビジョンを考え、全体で発表しとりまとめました。大丈夫かと心配しましたが、やってみると大盛り上がりし、ビジョンが決まりました。「『日本茶で』日本を、元気に。」というビジョンです。
このビジョンで会社が変わってきました。社員が本当に自分事とすれば、それに照らして社員は自らスピードを上げ走ります。
抹茶ミニシェィカー、抹茶スティック、刻音、クラウドファンディング、リーフティカップなど新しい取り組みが次々と始まりました。袋屋がお茶そのものを売ることは長年タブーだと思っていましたが、ビジョンに沿って、お茶屋さんへのモデル事業や新しい市場をつくる、そんな動きを社員が始めたのです。今では、コロナ禍の取り組みが社員の自信につながってきたと実感しています。
【会社概要】
創業:1932年7月
年商:50億円
事業内容:日本茶を主とする食品包装資材の企画、製造、販売
社員数:227名