活動レポート
  • ホーム
  • >活動
  • >「躍進する中小企業の戦略ー未来を切り拓く中小企業家たちー時代転換をどう読むか」広島西支部新春講演会
2021.02.25

「躍進する中小企業の戦略ー未来を切り拓く中小企業家たちー時代転換をどう読むか」広島西支部新春講演会

講師:(特非)アジア中小企業協力機構 理事長  黒瀬直宏 氏

■コロナ大不況の構造

 まず、経済危機の分析です。
 コロナ大不況の特徴は内外需同時縮小にあり、現代史における経済危機の中でも四本の指に入ると考えられます。
 この大不況は、九〇年代から深刻化している中小企業問題(市場縮小・価格関係の悪化、経営資源の不足等)の構造上にあり、これらの危機はコロナと同時に終息するものではありません。
 したがって、中小企業は自分の仕事は自分で創り出す独立企業へと脱皮することが否応なく迫られています。
 現に、一部の中小企業は企業家活動を刺激され、問題を突破すべく、革新を遂行してきました。

■不況下の企業家活動

 企業家活動の例として、ワン・トゥ・ワン・マーケティングをご紹介します。  ワン・トゥ・ワン・マーケティングとは、ここでは「個々の顧客との情報受発信により顧客需要の創出を図るマーケティング」を指します。
 中小企業は個々のお客様と密着できるという有利があります。ですので、お客様の需要の創出を図るために、個々のお客様のつぶやきを聞き、社内でつぶやきを共有し、対応と提案を繰り返すことが大切です。
 こうして新たな需要が創出されたら、次に、お客様の信頼を獲得し、味方につけることが販売拡大の突破口となります。お客様による口コミのメッセージは他のお客様の心に強く残り、大きな宣伝効果をもちます。Face to Faceはとても強いのです。
 このように、中小企業は不況下の元、状況を打破するべく健闘を続けてきました。

■健闘している企業の特徴

 コロナ大不況下において、二七%もの中小企業は売上を落としておらず、同友会企業はさらに半分もの企業が売り上げを落としていません。この健闘ぶりはとても素晴らしいことです。
 コロナ禍との闘いに健闘している企業の戦略は次の三つがあると考えています。
一、守りの戦略:資金確保
一、攻めの戦略:市場開拓 コストの構造改革
一、人材、組織に関する戦略: 人材涵養と情報共有

■守りの戦略 資金確保

 中小企業は現在、政府支援策による長期借入金の利用などにより、資金確保は順調のように思えます。
 ただし、問題も少なくありません。小零細企業の資金繰りは厳しいことや、短期の銀行プロパー融資を期間中に返済できなかった企業が追加融資を受けられるかという問題があります。追加融資を受けても、政府支援策による実質無利子長期貸付金でも最長で五年後から返済が必要になりますから、返済負担が雪だるま式に膨らむ可能性があります。
 そこで、収益増強のための「攻め」の戦略が不可欠になります。

■攻めの戦略

  市場開拓とコスト構造改革  攻めの戦略の第一は市場開拓です。
 コロナ禍による需要(コロナ禍による新たな生活様式・働き方に発する需要)が新たに生まれています。様々な分野から布マスク製作への参入が見られるように、既存の技術を応用した新市場開拓が活発化しています。「ちょっとやってみよう」という中小企業家魂が発揮されています。今までの市場開拓により多角化を達成している企業は、その一角がコロナ禍による新需要を満たすことにより、売上後退を防いでいます。
 もう一つの攻めの戦略は、損益分岐点売上を引き下げる、コストの構造的な改革です。
 エイベックス㈱(愛知同友会会員)は、リーマン破綻時に大幅な減益を予想。そこで、コストの改善課題を洗い出し、課題毎に職場横断的にプロジェクトチームを結成。おおよそ一ヵ月ごとに成果発表会と状況説明会を開催し、成果共有と社員のベクトルを揃えました。
 これらの成果が総合されて、三割の生産減少ならば利益が出る体質になり、増収増益の異色の成長を遂げました。
 このように、コストを改善できれば、いち早く収益を回復でき、コロナ禍以前と同じ水準に戻れば増益となります。

■人材、組織に関する戦略

 「不況の今こそ!」と、人材獲得・人材育成に力を入れている企業は多いと思います。ですが、さらにその人材の力を組織として発揮できるようにしなければなりません。
 特に危機突破のためには、経営理念・経営指針を共有し、社員のベクトルを揃え、一丸性を高めることが重要です。
 また、経営のパフォーマンスが高い企業ほど、情報共有の密度が高い傾向があります。皆さんもぜひ、次の情報共有のモデルを参考にし、自分の企業ではどうか、確かめてみてください。
 エイベックス㈱の加藤会長の言う、「社員は『自己資本』」というのは、一つのキーワードです。情報共有を密に行っている企業の特徴の一つに、社員をリスペクトし、経営のパートナーと考えていることが挙げられます。
 例えばリーマンショック時、加藤会長は「コストダウン活動や新分野開拓にはどうしても人材が必要」とし、全社員の前で人員削減は絶対行わないと表明しました。さらに、「リーマンショック後の企業を分けたのは、人を費用として切ったか、自己資本と考え蓄積したかだ」と言われました。
 このような、人間尊重の人材・組織戦略こそが、「守り」と「攻め」の戦略の根底をなす最重要戦略です。

■『場面情報』の重要性

 人間尊重の経営と並び、場面情報もまた重要であると私は考えています。
 国内の展示会に参加したある会社の副社長は、新型コロナによる市中感染が確認されていない時期に、多くの中国人が会場に集まる様子を見て、とたんに感染への恐怖を察知。翌日出社し感染の危機を共有し、社員と共に早期から感染予防に取り組みました。
 また、ある会社の社長は、道行く人が肩からズリ落ちそうになるリュックサックの背負い紐を握り、走っていく姿を見ました。その姿に潜在的ニーズを察知し、走ってもズレないリュックサックを開発しました。
 このように、現場での出来事から生まれた「その場その場で発生する情報」を私は『場面情報』と呼んでいます。
 誰も知らない潜在需要を察知するのも、顧客の何気ない一言などから生まれた場面情報によってのことです。
 中小企業には固有の不利もありますが、場面情報の獲得は人が市場や生産の現場に密着している中小企業の方が大企業より有利です。
 社員を自己資本と位置付ける人間尊重の経営と場面情報に基づく独自の市場開拓。これが、コロナ大不況における中小企業の闘い方です。

■市場を社会に埋めなおす

 人間は自然を破壊し、気候危機・コロナ禍をもたらし、自らの存在も危うくしました。
 自然破壊が加速した原因は、人の手を離れて膨張を続けた市場経済(資本制的市場経済)にあります。
 私は、新たな形で市場を社会に埋めなおすことが必要だと考えています。
 大震災に襲われた石巻の水産加工業者たちの話です。  震災後、地域と個々の企業の復活という目的のもと、共同で高付加価値商品の開発をしようと、地域企業が立ち上がりました。
 各社の強みと地域の自然を生かしながら共同で商品を開発・販売し、生産にあたっては地域にある個々の工場をまとめて一つの工場と見立て、それぞれの会社がもつ設備を使用しました。地元原料を使ったその商品は高い評価を得ました。参加企業は「それぞれの会社の設備が使えるから便利」「石巻全体を一個の工場にしたい」と話されました。
 この、地域全体を一つのバーチャルな工場として共同化し、新商品を開発。さらに販売体制を構築したこのプロジェクトは、バーチャル共同工場と呼ばれています。
 この、地域経済と個々の企業の復活という目的をもつ、バーチャル共同工場という枠の中で市場取引を行うこのプロジェクトは、まさに「市場を社会に埋めなおす」実践に他なりません。
 今後自然との共生において要求されることは、バーチャル共同工場のような、自然との共生を目的にもつ、企業や人々が直接的に協働する仕組を地域に構築することです。
 地域の中小企業はその推進者になると、私は信じています。