経営フォーラム2024 第2分科会 経営指針の成文化と実践「同友会で学んだ『人を生かす経営』で日本一をめざす~成り行き経営からビジョン経営へ~」
- 開催日時:
- 2024/10/11(金)
- 会場:
- リーガロイヤルホテル広島
- 人数:
- 52名
- 報告者:
- (株)アール・ツーエス 代表取締役 森 慎吾 氏(福岡同友会 経営労働委員長)
- 文責者:
- 事務局 井谷
■経営理念とビジョンの重要性:創業から成長の軌跡
本日は、私たちの会社の経験をもとに、経営理念やビジョンの重要性についてお話ししたいと思います。
私は2005年に創業しました。当社は介護保険に関連する調査評価事業や自治体向けシステム支援を行っています。名前の「アール・ツーエス」は、Research(調査)、System(システム)、Support(支援)に由来しています。本社は福岡にあり、全国に11拠点を展開。約300名の社員のうち95%が女性で、役職者も女性が多い、女性中心の組織です。さらに、関連会社として介護施設を運営しています。
私たちの経営理念は、「日本の介護を支え、福祉社会の持続発展に貢献し続ける」ことです。この理念を実現するため、2030年までに介護認定の受託調査で全国トップシェアを達成するというビジョンを掲げています。創業以来、順調に成長しており、最近の合計売上は約7億円でしたが、今期は連結で10億円をめざし、社員とともにシェア拡大に取り組んでいます。
■創業期の苦難:孤独と必死の奮闘
創業からの3年間、赤字が続き倒産寸前の危機的状況でした。創業のきっかけは、私が新卒で入社した介護系企業を退職したことに遡ります。転職を考えていた矢先、上司から「一緒に事業をやらないか」と声をかけられ、2人の共同創業者とともに会社を立ち上げました。2006年度の介護保険法改正を見越し、サラリーマン時代の全国でのネットワークや人脈を活かして、初年度から約5億円の売上を見込んで出資金を集めました。しかし、初年度に計画していた事業が頓挫し、出資金が半分に減り、共同創業者も離脱。すでに雇用しており、最終的に私一人で会社を背負うことになりました。
当初の計画は破綻しており、仕事が無い中で、派遣業や代行営業を模索しつつ、わずかな受注を必死にこなしました。この状態でどんな経営者が生まれるかというと、私は「仕事がないトラウマ」を抱えることになりました。何をすべきかわからないのです。そのため、今でも「絶対に仕事を取らないといけない」という呪いにかかっていると感じています。
ひたすら必死に仕事を取り続けました。徐々にお客様が増え、現在の基盤となる「介護認定調査」事業へと繋がりました。最初は2,000円で受けた仕事を3,000円で社員にやらせるという依頼があれば何でも受けるだけの状況でした。やればやるほど赤字になりましたが、仕事はあるので雇用を維持するために続けていました。その結果、金銭的には厳しい状況が続きましたが、当初から取り組もうとしていた事業所の調査事業の認可が4年越しで取れ、ようやくここで収益を上げることができるようになりました。ただし、ここからが新たな挑戦の始まりでした。
■経営理念の模索:初期の挫折と再挑戦
苦労の中で事業は安定しつつありましたが、経営理念や方針は不明確なままでした。社員に対する思いも未熟でした。「迷っている経営者に誰がついていくのか」と諭されたこともありました。場当たり的な成り行き経営でした。
その後2012年に同友会に入会します。
初めて作成した経営指針は、社員の声を反映しない独断的な内容で、社員も、私も机にしまい、実行に移すことができませんでした。この反省から翌年、社員アンケートを実施し、「苦情対応の改善」や「会社の魅力向上」といった課題が突き付けられました。理念は立派だけど、社員が胸を張って誇れる会社にはなっていませんでした。社員の声を取り入れた経営指針の作成が急務でした。
また、自社の成長が停滞していると悩む中、ある経営者に「森君の会社の理念を言ってみて?」と問われ、即答できなかった経験があります。経営者自身の理念への思い入れの低さが指摘されたのです。この時、経営理念が単なる飾りになっていて、社員に浸透していないことを痛感しました。ここから私は、経営者自身が変わることで会社が変わることを学び、小さな改善を積み重ねるよう努めました。
■変化と挑戦:社員とともに成長する仕組みづくり
創業から10年以上が経過し、ようやく社員目線の経営指針や5カ年計画を策定する段階に至りました。これにより、社員との共通認識が生まれ、ビジョン実現に向けた行動が一致するようになりました。ある勉強会では、「九州にこだわる発想が貧困」との指摘を受け、お客様は全国にいることに気が付きました。社員や他者の力をかりながら全国展開をめざす重要性を再認識しました。
その後、社員との関係性は、経営者である私と社員がお互いを尊重し、助け合えるパートナーになるために大きく変化しました。
以前は私がすべてを決めるワンマン経営でしたが、同友会の部門長会議や支部役員会を会社に導入し、社員が意見を言いやすい環境を整備しました。例えば、会議の司会を役職者に任せたり、事前に意見交換の場を設けたりすることで、組織全体の連帯感が強まりました。
会社の進むべき方向性は、課題を共有する前に現状認識の必要性があります。しかし、経営者と社員では例えば、2024年問題や円安や業界の動きなど、受け止め方が違います。この状態で「これをやってほしい」と言っても伝わらないのです。
■組織の連帯と挑戦の成果
大きな転機となったのは、支部長として370人規模の支部の分割を実施した経験です。「分割後も誰も辞めさせない」という目標を掲げ、リーダーが熱意をもって分割の意義とその後のビジョンを右腕の副支部長に伝えました。その副支部長は理事に伝えて熱意が広がっていった結果、成功に繋がりました。この経験から、意義が理解されれば、一丸となった組織になることができること。そして、組織運営における「連帯」と「コントロール」の重要性を学びました。
自社はまだまだ社員が主体的に働いている状況ではありませんでしたが、新たな仕事に対する社員の主体性を育むため、「私たちの会社の存在意義」を社員と話し合う機会を設けました。調査事業を通じて利用者の安心を支えるという社会的意義を再認識し、事業ドメインを広げる可能性を模索しました。この過程で、社員の自己実現を支える場として会社の役割を強化しました。
■コロナ禍での挑戦と未来への展望
2020年のコロナ禍では、仕事量が激減し、雇用過多や管理体制の課題が顕在化しました。この危機を乗り越えるため、社員に財務状況を公開し、新たな仕事を創出する必要性を共有しました。また、アンケートで社員から提案を募り、社員一人ひとりの力を活かす取り組みを進めました。
支店の撤退もありましたが、その中で社員が新しい地域で挑戦し、会社の成長に全力を注いでくれる「同志」と呼べる社員が増えていきました。
私自身が彼らの姿勢に多くを学びました。このような経験を通じて、2030年をめざしたミッション・ビジョンを策定。「日本一をめざす」という力強い目標を掲げ、社員と共に成長するための仕組み作りを進めました。
■理念を共有し、共に成長する組織へ
創業当初は経営理念はありませんでしたが、仕事を通じて見出した評価や仕事の意義を積み重ねる中で「日本の介護を支える」という使命を見出しました。これが私たちの事業の根幹になりました。
今、第1回アンケートで辛辣なコメントを寄せた社員が辞めずに会社の力になっていることも嬉しいですが、社員がこの理念に共感し、「これでいいんだ」と思えるようになったことが、会社の成長に繋がっていると感じています。
【会社概要】
設立 2005年10月26日
資本金 3,000万円
年商 7億円(連結)
社員数 268名(うちパートアルバイト228名)
事業内容 要介護者および障がい支援区分認定調査の受託、介護保険適正化事業